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人間が認知できる世界は箱庭の中

人間の知覚の制約

 人間は、自分が直接目の当たりにしている世界が全てであると勘違いする傾向にあります。見えないからと言って幽霊は存在しないと断言したり、神はいないと断言したり、見たことのない死後の世界は存在しないと決めつける。これは、人間が見ることができるか、見えないかという直接的な経験に基づいて、物事の存在や非存在を決定する傾向があるからです。

 しかし、物理的な世界でも、実際に目に見えなくても存在するものは確かに存在します。電磁波はその一つで、人間は電磁波のうち可視光線のみを認識できますが、可視光線の範囲を超える周波数の電磁波も確かに存在します。また、ダークマターという物質もあります。人間はその物質に触れることもできず、光とも相互作用しないため、実際に存在しているにもかかわらず、人類はその存在を認識できません。


 知覚の範囲は視覚だけでなく、聴覚にも限界があります。人間は一般的に約20Hzから20,000Hzの周波数の音しか聞くことができません。これは地球上に存在する他の動物に比べても、音に対する認識範囲が狭いことを意味します。

 

・五感に依存する人間の認知能力

 また、人間の認知能力は一般的に五感に依存しており、それ以外の認知能力を持つ人間は存在しないという一般常識が存在します。例えば、目が見えず、耳が聞こえない状況で生まれたとしましょう。あなたが認識する世界は触覚、嗅覚、味覚だけになります。触覚によって物体の存在を認識し、立体的な世界を理解しますが、電磁波や音波を感知することはできません。


 さらに、目と耳だけでなく、神経の病気により触覚が皆無の状態で生まれたとすると、立体的な世界を認識する手段は失われ、重力を感じることもなく、上下感覚もありません。あなたが体験する世界は、ただ臭いと味だけを認識するものになります。


 逆に言えば、視覚、聴覚、触覚の三つの知覚が、この世界を3次元の立体として認識する基盤を提供しています。この世界を認識する知覚に、いわゆる第六感と呼ばれる未知の知覚が追加された場合、この世界は依然として3次元と言えるでしょうか。

 

・人間の感覚の制約と未知の知覚

 人間は五感を持って生まれてくるため、それらが全てであると誤解しがちですが、実際には地球や太陽系、さらには広大な銀河や無数の銀河が存在するこの世界を理解する能力としては、人類の五感は未熟で幼稚とも言えるでしょう。逆に、第六感や異なる五感を持つ生命体は、この世界を野球ボールのように小さく認識し、さらにはコントロールすることができるかもしれません。


 結局のところ、人間は非常に制限された感覚しか持つことができない生物です。「見える・聞こえる・触れる」という感覚に依存することで、人間は自己の位置や動きを認識しますが、その反面、視覚や聴覚、触覚に制約され、自分の位置を固定し、自分の動きを制限してしまいます。人間が五感で認知できる世界は、五感が生み出した物質や物体の幻想によって、速度が制限され、それ故に、視覚が認識できる最高速度である光速を超えることができないのでしょうか。


 人類がこの世界に自然発生した生物であるのであれば、この世界の本当の姿を認識できる知覚を持って進化することも自然と言えるでしょう。しかし、現在の人類はそのようにできていません。自分たちが認識できる地球上の生き物と人類同士の存在に依存し、『見える、聞こえる、触れる、嗅げる、味わう』といった知覚の発展のみに集中して、自分たちがなぜ、五感のみ扱えるのか、なぜ五感なのか、なぜ五感以外の知覚を持っていないのか、五感だけに制限された理由があるのか、もしそうであれば誰か・何かによって本来の世界から人類だけが隔絶されているのか、といった根本的な疑問を無視する傾向にあります。現在の世界の方向性は本当に正しいのでしょうか。

 

・人間の五感の制約と世界の本質


 以上のことから、人間の五感を大きく変える、または五感に新たな感覚を追加する研究は、今後の人類の進化に必要なのかもしれません。五感を超えた新たな認識が開かれるとき、人類が認識する世界は、現在の箱庭からさらに広がることでしょう。

 

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