無駄の専門家② - 箱庭

科学技術が飛躍的に発展したこの数百年の人類の歴史によって人類の生活は大きく便利で豊かなものになったと言えるでしょう。

しかし、スピリチュアル的な側面から物事を観察した時に、人類の生活は本当に豊かになったと言えるのでしょうか。

・現代の人間の生活


 筆者はこれまで複数の記事で、現代の人間は科学技術の発達によって、科学を信仰するようになったと紹介してきました。科学の中でも、数字で表される科学に身と心を委ね、それ以外の数字で表されることのできない物を下に見、存在を否定することさえあります。世間を見渡すと、数字によって管理されたあらゆる電子機器が人類の生活を豊かにし、数字によって運営されている機器は今後の人類の発展にさらなる利益をもたらすと考えられています。

 現在の人間にとって数字によって立証される科学は生活の一部となっており、生きていく上で切り離すことのできない存在です。もちろん、便利なものを切り離す必要もないでしょう。しかし、科学技術に頼り過ぎているため「目に見えないもの」や「数字で表すことができないもの」の存在を存在しないものとしてみなしていることも事実です。

 また、科学は「人間が確立したもの」ではなく「人間が理解しやすいように整理されたもの」であり、自然の事象を人間にとって有利に整えたものです。そのため、人間にとって有利な理論を持つ様々な学問は「目に見えない」もしくは「数字によって表すことのできない」物事を排除しているのです。

・スピリチュアリティの存在の立証


 スピリチュアルな物事をいくら声高に主張しても人間は理解しようとしません。なぜなら、スピリチュアルは目に見えないもの、数字で表すことができないものを主として主張されている考えを多く含むからです。

 現代の人類の生活をスピリチュアリティの側面から観察すると人類がとても小さな世界で生きていると捉えることができます。自己利益や種の利益の追求に囚われている人類はとても小さな箱庭に生きています。しかし、現代の人間側からスピリチュアルを見た時、スピリチュアルを追い求める筆者のような人々は、とても無駄なことをしている存在に見えるでしょう。なぜなら、人間が「そうするべき」と根拠なく思っていることを実践せずに、目に見えない、数字で表すことのできない世界に身を置いているからです。

 人類が生と死の恐怖や呪縛から解き放たれ、数字の意味のなさに気づき、科学を一つのツールとして人間が科学を管理する立場になった時こそ、人類の心がより大きく発展し、より豊かな生活が送れるようになる時でしょう。

 その頃にはスピリチュアル(スピリチュアリティ)は既にその名で呼ばれることはなく、より細分化されたり、より当然の如く世界に存在したりするようなものになっているでしょう。

 スピリチュアルを強く主張するものが現れる世界は、それが否定されている時だけです。当然のように人々が毎日瞑想を実践するような世界において、誰かがスピリチュアルを主張することはありません。

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